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環境関連情報

放射能、放射性物質と放射線について(その3)

放射線被曝量と健康被害について

情報発信日:2011-12-22

はじめに

2011年3月11日に発生した東日本大地震と津波によって起きた福島第一原子力発電所の事故から9ヶ月が経過しました。福島第一原子力発電所はまだまだ種々問題を抱えてはいますが、12月16日に冷温停止状態達成が野田首相により宣言されました。しかしながら、事故によって日本各地に飛散した放射性物質による問題は未だに解決の目途さえつかない状況にあり、農作物、畜産物、水産物、飲料水などの摂取による被曝不安や乳幼児・児童への環境からの被曝不安、汚染地域の除染によって生じた大量の放射性物質、下水処理場やゴミ処分場で濃縮されたことによる放射性汚泥や焼却灰などの処理問題など多くの課題が生じています。

このような状況の中で環境省は2011年11月11日付けで「平成二十三年三月十一日に発生した東北地方太平洋沖地震に伴う原子力発電所の事故により放出された放射性物質による環境の汚染への対処に関する特別措置法に基づく基本方針」の閣議決定及び意見募集の結果について(お知らせ)と題する報道発表を行いました。

本コラムにおいても、2011年4月5月に「放射能、放射性物質と放射線について」と題して、放射性物質や放射線に関する基礎的事項を書きました。それ以後マスコミ報道において断片的な放射性物質の汚染状況が報道されていますが、不安が募るばかりで全体的な状況がさっぱり見えてきません。そこで今回は「この福島第一原子力発電所の事故によっていったいどんな種類の放射性物質がどのくらい放出されたのか、その放射性物質によってどのくらいまで被曝したらどのくらいの健康被害が出るのか?」といった問題に対して、できるだけ信頼のおける機関からのデータ及び報道をもとに、この福島第一原子力発電所の事故による状況を整理してみました。

図1 福島原子力発電所のトレーニング用原子炉上部 (2008年3月筆者撮影)

福島第一原子力発電所事故によって放出された放射性物質の種類と量

2011年11月27日(日)付の朝日新聞14版2面、ニュースが判らんワイド「放射性物質、いろいろ聞くけど?」によると、福島第一発電所の1〜3号機の水素爆発や火災によって大気中に放出された放射性物質の放出量は以下のとおりです。

この数値を見たかぎりでは「すごい量だなぁ」とは感じるかも知れませんが、比較するものがないので、その量の「すごさ」もわかりづらいかと思います。また、これらの放射性物質が生体内に入り込んだ場合に内部被曝によって影響を受けやすい部位の記載もありますが、どのくらいの量を取り込んだ場合に内部被曝の影響を受けるのかも、この記事だけではわかりません。

2011年8月26日付けで経済産業省が発表した「東京電力株式会社福島第一原子力発電所及び広島に投下され原子爆弾から放出された放射性物質に関する試算値について」という興味深い資料がありますので、一部を以下の表に示します。

上記の資料によると、福島第一原子力発電所から大気中に放出された放射性物質は、ヨウ素131が広島原爆2.5個分、ストロンチウム90が2.4個分、セシウム137については何と168.5個分に相当することになります。原子力安全保安院は、原子爆弾の場合は熱や爆風の発生、高空で放出されたなどの違いがあり、必ずしも同じ土俵で比較はできないなどのコメント付きではありますが、マスコミに向けにも報道されたにもかかわらず、あまり大きな反響はありませんでした。

福島第一原子力発電所事故で大気中に放出された放射性物質が、あれだけ多くの死傷者や被害を出した広島に投下された原子爆弾による放出量よりもはるかに多かったというのは意外に思われるかもしれませんが、これによって大気中に放出された放射性物質の量の「すごさ」が理解できるのでは、と思われます。

これ以外にも、福島第一原子力発電所の事故においては冷却水に溶け込んで保存されたり、漏洩によって外洋に流出したり、あるいは地下に浸透してしまった放射性物質も相当量あると考えられますので、この事故による放射性物質の放出量がいかに膨大であったかを知ることができるかと思います。

放射性物質による生体への影響

福島第一原子力発電所の事故以来、テレビや新聞などのマスコミを中心に「人体に対して、どこまでなら被曝しても安全なのか?」について、種々の数字が飛び交っており特に影響を受けやすいといわれている乳児や小児を抱える家庭や幼稚園、小学校での不安は計り知れないものがあるかと思われます。 冒頭の2011年11月27日付け朝日新聞朝刊の記事においては、種々の放射性物質ごとの半減期と影響を受けやすい身体の部位が合わせて記載されていますが、これ以上の放射線を浴びると健康に影響が出る危険性があると定められた「しきい値」については何も触れられていません。

図2 被災以前の福島第一原子力発電所における原子炉内部の模型<中央の板状物が燃料棒>
(2008年3月筆者撮影)

(1)高線量・短時間被曝による急性症状と低線量・長時間被曝による晩発性症状

福島第一原子力発電所事故直後、当時の枝野官房長官は記者会見において被曝線量を発表するたびにしばしば「直ちに皆さんの健康に影響を及ぼす数値ではありません」という発言を繰り返していましたが、放射線による被曝には一般的に被曝量が同一であっても「高線量による短時間被曝」と「低線量による長時間被曝」とがありますが、いずれの場合も被曝によって明らかな健康被害が生じる線量があり、その値を「しきい値」と呼びます。前者の場合は「しきい値」を超えて被曝すると、急性症状として火傷、嘔吐、下痢、白血球の減少などが現れます。後者の場合には、被曝から年単位または数十年単位が経過後に、固形ガンや白血病の発症率が高くなる事があるとされています。

(2)外部被曝と内部被曝

放射性物質からは放射線が放出され続け、その強さは核種によって異なる半減期を有していますが、放射性物質に近づくことによって放射線を浴びることを外部被曝といい、食料や飲料の摂取、あるいは、大気中の塵を吸い込んで体内に放射性物質を取り込むことによる被曝を内部被曝といいます。

外部被曝の場合は放射性物質から離れることにより被曝は避けられますが、事故を起こした原子炉や原子爆弾などのような超高線量放射性物質による外部被曝の場合は高線量・短時間被曝による急性症状が出る危険性が高くなります。線源近くにいた限られた人が対象となるかと思います。

一方、問題は、環境汚染地域に居住する場合、あるいは汚染された食料や飲料を摂取する場合などの低線量・長期被曝を受ける可能性のある人々に対する不安ということになるかと思われますが、仮に同一線量を被曝した場合には、高線量を短時間に被曝するよりは低線量を長時間に渡り被曝したほうが、健康被害リスクは小さいとされています。

(3)慢性的な被曝と健康影響

生体(人体)が放射線を受けた場合の影響は、受けた放射線の種類(α線、γ線、X線、中性子線など)によって異なるので、吸収線量値(グレイ)に放射線の種類ごとに定められた放射線荷重係数を乗じて線量当量(シーベルト[Sv])を算出します。 放射性物質は自然界にも存在し、1人の人間が受ける自然界からの放射線量は平均で年間2.4mSvといわれますが、南米の高地に居住している人たちは自然界から年間10mSvの線量を受けており、胃のX線による精密検査では1回につき1mSv、腹部CT検査では1回あたり5〜15mSvもの放射線を受けることになります。

それでは、いったいどのくらいの放射線を浴びれば、どのくらい健康被害の危険性が高まるのでしょうか?

生体がどの程度の放射線を受けた場合にどの程度の健康被害リスクが生じるのかという研究を長期に渡って行い、多くのデータを有しているのが(財)放射線影響研究所です。放射線影響研究所は広島および長崎で被曝した人たちを対象に当事国である日本と米国が共同で被曝による健康被害について研究している世界的にも数少ない研究施設です。

放射線影響研究所のデータを一部紹介しますと、
1)広島・長崎での被爆者(約9万4千人)と、広島・長崎であるが原爆投下時に市内にいなかった人(約2万7千人)の計約12万人を対象に健康被害を追跡調査。
2)被曝線量が年間100〜200mSv以上では白血病や固形ガンの発症率はほぼ比例関係にあり、年間1,000mSvの被爆者は非被爆者に比べて1.5倍 <参考>喫煙者のガン発生率は非喫煙者の1.64倍。
3)年間100〜200mSv以下の被曝では統計的な有意差は出ない(年間200mSvで1.08倍、年間100mSvで1.05倍、年間10mSvで1.005倍)。 注)被曝線量はmSV/時(1時間当たり)、mSv/日(1日当たり)を示し、mSvは年間または積算を示す。

まとめ

(1)福島第一原子力発電所の事故によって大気中に放出された放射性物質は、ヨウ素131とストロンチウム90が、広島原爆投下時に大気中に放出された量の約2.5倍、セシウム137においては約170倍であった。

(2)放射線による生体への影響は、広島・長崎で被曝した12万人に対する追跡調査の結果からは、年間10mSv、100mSv、200mSvの被爆者と非被爆者を比較した場合、各々1.005倍、1.05倍、1.08倍と統計的な有意差はないが、それ以上では白血病や固形ガンの発症率はほぼ比例関係にあり、年間1,000mSvの被爆者は非被爆者に比べて1.5倍である。これは非喫煙者に対する喫煙者のガン発生率1.64倍とほぼ同等である。

放射性物質や放射線は目に見えないために過剰な不安を持つ人が多いようですが、正しい知識を有して正しく恐がることが重要だと思われます。そのためには、何事においても種々の噂に惑わされることなく、信頼できる機関のデータをもとに議論することが重要だと思います。

引用・参考資料

注意

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