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環境関連情報

地下水汚染とその影響・最新の水処理技術

情報発信日:2008-12-02

水質汚濁防止法

近年、地下水汚染が各地で大きな問題となっていますが、このような状況に対応するために、1989年に「汚染の未然防止と水質の常時監視に関する規定」が「水質汚濁防止法」として位置づけられました。とくに地下水に対しては「汚染された地下水の浄化措置命令に関する規定」「特定地下浸透水の浸透の制限」(有害物質を含む特定地下浸透水の地下への浸透は禁止)が定められ、さらに1997年には「地下水の環境基準」が新しく設定されました。

これらの基準は、意図的または人為的なものによる汚染の防止を目的としたものですが、一方では農業における肥料の過剰投与による硝酸性窒素やリンなどによる意図しない汚染や天然物質による汚染問題も顕在化しています。

最近、筆者は中国における水事情の調査で上海を訪れる機会がありましたが、そこで直面したのは日本ではあまり問題にはなっていない砒素による地下水の汚染問題でした。調べてみると中国のほかにもバングラデシュ、インド、ネパール、タイ、カンボジア、ベトナム、台湾などでは、天然に存在する砒素や弗素による地下水の汚染が深刻な被害をもたらしていることがわかりました。とくに、本来は地質を構成する物質でありマグマに含まれて地上に出てきた砒素が地下水に溶けた場所で、井戸水を飲料水にすることにより発生する中毒は大きな問題となっています。また、河川水を含めた砒素により汚染された水による影響を受けている人々は、アジア地域だけでも3,500万人とも6,000万人にも及ぶともいわれており、極めて早急な対応が望まれています。

深刻な水不足と砒素中毒

21世紀は水の世紀といわれており、人口の急増によってアジアやアフリカ諸国では深刻な水不足に直面しています。不衛生な湖沼水や河川水を飲料水にせざるを得ない危機的な状況もあり、「これらの人たちに少しでも良質な水を提供する」目的でUNICEFなどが善意で提供した井戸においても、十分な水質を確認しないまま飲料に供されたために砒素や弗素などの中毒症状に苦しむ人たちが増えてきています。

砒素は古くから「毒の王」とよばれており、日本においても1955年6月から8月の期間に近畿、中国・四国、九州など西日本の一帯において、森永乳業(株)徳島工場で生産された粉ミルク(商品名=森永ドライミルク)の生産工程で砒素が混入して乳児1万2131名が中毒症状を起こし、うち130名が死亡した森永砒素ミルク事件(1956年、厚生省調べ)や、1998年7月に和歌山の園部地区で行われた夏祭りでカレーを食べた67人が腹痛や吐き気などを訴えて病院に搬送され、自治会長をはじめとした4人が死亡した和歌山毒カレー事件、また鉱山による環境汚染による宮崎県土呂久鉱山周辺及び島根県笹ヶ谷鉱山周辺で発生した砒素中毒公害事件など、歴史的に残る事件に多く関与した毒物のひとつといえます。

砒素を大量に摂取した人は、激痛、嘔吐、出血などを伴い「のたうち苦しんで死ぬ」といわれていますが、「毎日、少量ずつ飲ませると、原因がわからないまま弱って死んでいくので「密室の殺人」に向いている」ともいわれます。慢性中毒に陥った場合は色素異常や角化症など皮膚の症状や呼吸器、消化器、泌尿器、循環器などの内臓や神経系などに非特異的な障害が現れます。さらに長い潜伏期をへて皮膚、肺、肝臓、泌尿器などの、悪性腫瘍(がん)などへ進行するともいわれています。

世界銀行の報告書には「東南アジアと東アジアで70万人が砒素中毒にかかっている」と書かれています。実際にインドやバングラデシュでは、すでに砒素中毒が原因で肝臓など内臓がんで亡くなったとされる患者が出ているそうです。

砒素の解毒または除去技術

砒素は硫砒鉄鉱(FeAsS)などとして天然から産出し、高純度の砒素金属は半導体の重要な原料となるほか、無機砒素は木材の防腐剤、防蟻剤、脱硫剤、触媒、ガラスの脱色剤などさまざまな用途があります。砒素の毒性はクロムにおける六価クロム同様にすべての砒素化合物が猛毒というわけではありません。

通常無機の砒素は三価と五価のものがあります。亜砒酸(As2O3)のような三価の形態で極めて強い毒性を示し中毒事件が多く記録されていますが、五価の化合物は比較的毒性が低いとされています。また、砒素は生物の体内に入るとさらに毒性の低いメチル化砒素に変化しますので、陸上生物に比べ10〜1,000倍の濃度の砒素を含むといわれる海洋生物、なかでも最近「コンブなどの海草類から高濃度の砒素が検出され食用に不適」とする外国の報道もありますが、あまり心配はいらないと思われます。地球上の至るところに天然に存在する砒素と共存する生物に、進化の過程でこのような防御機能が備わったものと思われます。

さて、これら飲料水の原水に含まれた砒素を除去する技術についてですが、いくつかの方法があります。まず、(1)逆浸透膜のようにイオンをすべて除去する方法、があります。しかし、対象となる砒素だけを選択的に除去できないためにコスト面、エネルギー面で効率的ではありません。また濃縮された排液の廃棄処理も問題になります。次に、(2)吸着剤による方法、です。これは砒素を選択的に吸着する吸着剤(水酸化鉄、活性アルミナなど)を用いますが、吸着限界(破過点)の見極め、吸着限界(破過点)を超えて使用した場合には、より高濃度の砒素が流出する可能性があります。(1)と同様に、使用済み吸着剤の廃棄処理も問題があります。(3)凝集剤(塩鉄・アルミニウム塩等の金属塩)による凝集と沈殿による方法、がありますが、(2)(3)の問題は、三価の砒素を五価に変化させるための薬品による前処理、後処理が必要なことなどがあげられます。

最近は前処理不要(三価のまま吸着)、再生可能な吸着剤や薬品を用いず電気的な操作で三価から五価に変化させる容易な手法での前処理を行う方法などが報告されています。さらに理想的なのは、安価で簡単な操作で低毒性のメチル化砒素にしてしまう方法ですが、だれか研究開発を進めている人はいないのでしょうか? いずれにしても、いち早く簡単で安全かつ安価に砒素を除去できる方法の開発が待ち望まれるところです。

古くて新しい問題

飲料水への砒素混入による健康被害問題は古くからある問題ですが、水不足問題により、新たな問題として浮上した格好です。

昨今、新たな有毒化学物質の汚染を防止するための規制の見直し、除去・浄化手法の研究開発は進んでいますが、砒素などに代表される古典的な毒物問題にはなかなか手が付けられないのが現状のようですが、もう少し、国家も含めて真剣に取り組まなければならない問題だと思います。

参考文献及び引用先

注意

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